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Project2026.04.09

なぜ「見積もり」はいつも外れるのか

佐藤 史駿
佐藤 史駿
andChange

「このプロジェクトは3ヶ月、予算は5,000万円で終わるはずだった」──そう語るプロジェクトマネージャーは、あまりにも多い。終わってみれば、期間は倍、費用は1.5倍。関係者は「見積もりが甘かった」と口を揃える。だが本当にそれは「甘さ」の問題なのだろうか。

経営会議では、いま、全社で数十本のプロジェクトの進捗が赤・黄・緑で報告されている。その数字の一つひとつが、最初に誰かが提示した「見積もり」を基準に塗り分けられている。しかし経営層が向き合うべき問いは、「なぜ赤なのか」ではなく、もっと手前にある。そもそも、その基準値は信頼できるのか。

見積もりは、プロジェクトの出発点であると同時に、最も誤解されている行為でもある。多くの組織で、見積もりは「予測」ではなく「約束」として扱われる。予測が外れることは自然なことだが、約束が外れれば責任問題になる。この非対称が、見積もりという営みを歪ませている。

本稿では、見積もりが常に現実から乖離する構造的な理由を、行動経済学・プロジェクトマネジメント研究の知見から紐解き、andChange が伴走先で推奨している「継続的な再見積もり」という実務姿勢を提示する。

計画錯誤 ── 楽観は偶然ではなく構造である

行動経済学の礎を築いた心理学者 Daniel Kahneman と Amos Tversky は、1979年の論文で 「計画錯誤(planning fallacy)」 という概念を提示した (Kahneman & Tversky, 1979)。人はタスクの所要時間・コスト・リスクを、一貫して過小評価する傾向がある。しかもこの傾向は、経験を積んでも容易には矯正されない。

なぜか。Kahneman は後の著書『ファスト&スロー』(Kahneman, 2011) で、計画錯誤の根源を 「内側の視点(inside view)」 への過度な依存に求めている。プロジェクトを見積もるとき、人は目の前の計画の内部構造──タスクの分解、各工程の所要時間、必要な人員──に注意を集中する。そしてそれらを順に積み上げることで、楽観的な総所要時間に到達する。

しかし現実のプロジェクトは、計画外の事象の連鎖で遅延する。要件の追加、キーマンの離脱、関連システムの障害、意思決定者の不在、経営判断の揺らぎ。これらは「例外」ではなく、むしろプロジェクトの常態である。内側の視点はこれを織り込めない。

Standish Group の CHAOS Report は、長年にわたりプロジェクトの成否を追跡してきた。その報告の詳細は年によって変動するが、一貫した結論がある。予算・期間・スコープのすべてを計画通りに達成するプロジェクトは、依然として少数派である (Standish Group, 2020 ※具体的数値は要確認)。計画錯誤は個人の未熟さではなく、人間の認知に深く埋め込まれた 構造的な傾向 なのである。

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コミットメント・エスカレーション ── 「約束」が現実を歪める

問題は、ここから先にある。見積もりが「約束」として扱われる組織では、見積もりを下回った時点で「予実差異」という管理概念が発動する。プロジェクトマネージャーは、差異を埋めるために現実ではなく報告を調整し始める。

Barry Staw は1976年の論文で 「コミットメント・エスカレーション(escalation of commitment)」 を提起した (Staw, 1976)。過去の意思決定に対する自己正当化バイアスにより、失敗の兆しが見えても人はむしろ投資を増やし、計画を守ろうとする。見積もりが「約束」になった瞬間、撤退も再計画も「敗北」を意味するからだ。

現場で起きるのは、遅延を小さく見せるための小細工である。スコープを無理やり縮める、品質基準を密かに緩める、ステータスを「黄信号」に据え置く、次のフェーズに問題を先送りする。これらはすべて、見積もりを守る「ふり」をするための行動であり、プロジェクトの実態から経営の目を逸らす方向に働く。

見積もりが「予測」であるうちは、外れたことを事実として扱える。見積もりが「約束」になった瞬間、外れたことは隠すべき失点になる。

ここで見過ごされがちなのは、エスカレーションの背後に必ず データの歪み が存在するという事実である。報告のために都合よく編集された進捗データ、定義の揺れた KPI、サイロ化した工数実績──これらは単なる情報の不備ではない。組織がどのような現実を直視したくないかを映し出す、文化の鏡でもある。

見積もりの精度は、データの品質と、人の正直さの積で決まる。どちらか一方だけを磨いても、結果は変わらない。

参照クラス予測 ── 「外側の視点」を組織に埋め込む

ではどうすればよいのか。ここに、チェンジマネジメントとデータマネジメントの「両輪」で組織に介入する必要性が立ち現れる。 片方だけでは、必ず元の虚構に戻る。

Kahneman と Dan Lovallo が提唱したのが 「参照クラス予測(reference class forecasting)」 である (Lovallo & Kahneman, 2003)。計画の内部構造に目を向けるのではなく、過去に類似プロジェクトがどれだけの時間・費用で完了したかという実績分布 を出発点にする手法だ。

Bent Flyvbjerg はこの手法を大規模インフラプロジェクトに適用し、従来の見積もりがいかに楽観的であったかを実証した (Flyvbjerg, 2006 ※巻号は要確認)。重要なのは、個別プロジェクトの「特殊事情」を一旦脇に置き、「自分たちは同種のプロジェクトの一つに過ぎない」と認めるところから再計算を始める点にある。これを Kahneman は 「外側の視点(outside view)」 と呼ぶ。

andChange が伴走先で実装している仕組みは、この外側の視点を「個人の技」ではなく「組織のプロセス」に埋め込むものだ。具体的には以下の3つの要素を持つ。

第一に、完了プロジェクトの実績データベース。 着手前の見積もり、終了時点の実績、差異の要因を、チェンジマネジメントの観点(意思決定の遅延、抵抗の発生、スポンサー変更など)とデータマネジメントの観点(データ移行の想定外工数、品質不備、マスター不整合など)の両軸で記録する。両輪で記録することで、技術リスクと組織リスクの両方を俯瞰できる。なお、この仕組みを「新しい管理基盤」として立ち上げる必要はない。既に各プロジェクトが実施しているポストモーテム(振り返り)の様式を揃え、2〜3項目の構造化タグを付けるだけで、軽量な実績データベースは動き始める。

第二に、四半期ごとの再見積もりセレモニー。 プロジェクトの節目ごとに、当初見積もりを「確定値」として扱うのではなく、実績データベースを参照しながら 残工程を再予測する 儀式を設ける。再見積もりの変動は責任追及の対象ではなく、意思決定の情報として扱う。ここで重要なのは、年度予算や取締役会で承認されたコミットメントそのものを動かす必要はない、という点である。年度予算は「固定のコミットメント」として維持し、その下に「実行中の予測レイヤー」を設ける。予算統制と再見積もりは、別の時間軸の営みとして両立させる。

第三に、「予測」と「約束」の分離。 経営に対して報告する数値には、予測レンジ(P50〜P90)と、意思決定上のコミットメント値の二つを常に併記する。ここで P50 とは「この値を超える/下回る確率が半々」の中央予測を、P90 とは「実績がこの値以下に収まる確率が9割」の悲観シナリオを意味する。統計的な厳密さを求めるのではなく、「数字には幅がある」という事実を経営会議の共通言語にすることが目的だ。レンジを許容する文化を作らない限り、再見積もりは機能しない。

この3要素は、既存の記事で論じた「要件の膨張」や「兼務プロジェクト」の問題とも通底している。個別の病理ではなく、根にあるのは同じ構造──組織が不確実性と正直に向き合えないこと──である。

実務への示唆

計画錯誤は認知の問題であり、個人の意志では解消できない。しかし組織のプロセスを設計することで、その影響を軽減することはできる。andChange が CxO 層に提案している具体的アクションは以下の通りである。

  • 実績を可視化する:過去3〜5年分のプロジェクト実績を、予実差異の要因別に棚卸しする。「当初見積もり/実績/差異要因」の3点セットをダッシュボードに固定する
  • 再見積もりを制度化する:再見積もりを「計画の失敗」ではなく「情報の更新」として扱う。再見積もりしたプロジェクトのほうが高く評価される文化を意識的に作る
  • 見積もりレンジを許容する:単一の数値(点見積もり)ではなく、P50・P90といったレンジを経営報告に採用する。不確実性を「隠す」のではなく「共有する」姿勢に転換する
  • 評価軸を組み替える:プロジェクトマネージャーの評価指標から「当初計画との一致度」を外し、代わりに「再見積もりの更新頻度」や「予測レンジ内に実績が収まった率」を評価軸として採用する。KPI が変われば、報告の中身が変わる
  • 心理的安全性を確保する:見積もりが外れたときに責めないルールを明文化する。責められる現場は、必ず現実を隠す
  • これらはいずれも、短期的には「管理が甘くなった」と見える変化である。多くの組織で一時的な混乱──一種の「谷」──を伴う。しかしその谷を越えた先に、経営がプロジェクトの実態に基づいて意思決定できる環境が現れる。それが、持続的な変化の土台となる。

    まとめ

    見積もりがいつも外れるのは、プロジェクトマネージャーが怠惰だからでも、見積もり技法が未熟だからでもない。人間の認知は楽観に傾き、組織は約束に縛られ、現場は差異を隠す。この三重構造が、見積もりという営みを虚構へと変えていく。

    だからこそ、見積もりは「一度決めて守るもの」ではなく、「継続的に更新し続けるもの」 として再定義される必要がある。テクノロジーでプロジェクト管理ツールを導入しただけでは、この再定義は起こらない。組織が見積もりに何を期待し、何を恐れているか──その文化の変革なしに、計画の精度は上がらない。

    テクノロジーだけでは、組織は変わらない。見積もりという、最も数字に見えて最も人間的な営みこそ、その事実を雄弁に物語っている。

    読者に最後にひとつ、問いを残したい。あなたの組織では、再見積もりを持ち込んだプロジェクトマネージャーは、「誠実な人」として扱われているだろうか。それとも、「計画を守れなかった人」として扱われているだろうか。 その答えこそが、見積もりが虚構か現実かを決めている。


    参考文献

  • Flyvbjerg, B. (2006). "From Nobel Prize to Project Management: Getting Risks Right". Project Management Journal, 37(3), 5-15. ※巻号は要確認
  • Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.
  • Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). "Intuitive prediction: Biases and corrective procedures". TIMS Studies in Management Science, 12, 313-327. ※本論文は planning fallacy の概念的出発点として広く参照される
  • Lovallo, D., & Kahneman, D. (2003). "Delusions of Success: How Optimism Undermines Executives' Decisions". Harvard Business Review, 81(7), 56-63.
  • Standish Group (2020). CHAOS Report. ※具体的な成功率の数値は報告年により変動するため、実数の引用は要確認
  • Staw, B. M. (1976). "Knee-deep in the big muddy: A study of escalating commitment to a chosen course of action". Organizational Behavior and Human Performance, 16(1), 27-44.