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Project2026.03.30

「兼務プロジェクト」が生む静かな失敗

佐藤 史駿
佐藤 史駿
andChange

DXプロジェクトのキックオフ。会議室にはプロジェクトメンバーの名前が並ぶ体制図が映し出されている。しかし、名前の横にはどれも「兼務」の二文字が添えられている。営業部から1名、経理部から1名、情報システム部から2名。いずれも「本業」を抱えたまま、プロジェクトに「参加」する。── 定例会議は日程調整だけで1週間が過ぎ、宿題は次の定例まで放置され、プロジェクトは静かに遅延し始める。

この光景に、心当たりがあるだろうか。PMIの調査では、プロジェクトの約35%が「当初の目標を達成できなかった」と報告されている (PMI, 2023)。その背景にある構造的要因のひとつが、実行チームのリソース不足だ。

日本企業のDXプロジェクトでは、メンバーの大半が本業との兼務で参加することが常態化している。IPAの「DX動向2025」によれば、日本企業の85.1%がDX人材の量的不足を課題として挙げている (IPA, 2025)。人が足りないから兼務にせざるを得ない。一見すると合理的な判断に見える。しかし、全員が兼務のプロジェクトは、全員が「本業が優先」のプロジェクトと同義だ。そしてそのプロジェクトは、劇的に失敗するのではなく、静かに、しかし確実に成果を出せないまま終わっていく。

以前のInsight「『スポンサー不在』がプロジェクトを殺す」では、変革プロジェクトの成否を最も強く予測するのがエグゼクティブスポンサーシップの質であることを論じた。本稿はその視点を「実行チーム」のレベルに降ろす。スポンサーが関与していても、実行するチームの全員が「片手間」であれば、変革は前に進まない。


なぜ「全員兼務」が常態化するのか

理由① ── 「専任にする余裕がない」という論理

最も多い説明はこれだ。「プロジェクトのために人を丸ごと出すのは無理。今の業務を回す人がいなくなる。」部門長の立場からすれば、もっともな主張に見える。

しかし、この論理には構造的な問題がある。プロジェクトに必要なリソースを確保できないこと自体が、プロジェクトの優先度が組織で十分に認識されていないことの表れだからだ。PMI の調査では、プロジェクト失敗の最も多い原因のひとつとしてリソースの不足が繰り返し挙げられている (PMI, 2023)。リソースを確保せずにプロジェクトを開始するのは、予算なしで建物を建て始めるようなものだ。

「スポンサー不在」のInsightで論じた通り、スポンサーシップの ABCモデルにおける「A(Active and Visible Participation)」は、単に会議に出席することではない。プロジェクトに必要なリソースを確保し、そのための組織的な意思決定を下すことも含まれる。全員が兼務になっている時点で、スポンサーシップのAが機能していないのだ。

理由② ── 「各部門の代表」という幻想

兼務体制は、しばしば「各部門から代表者を出してもらう」という発想から生まれる。プロジェクトに影響を受ける部門からそれぞれ1名ずつ。組織的な正当性を確保するための体制設計だ。

一見すると合理的に見えるが、実態はどうか。各部門の「代表者」は、部門内では特定の業務を担当する担当者であり、部門全体の意思決定を代行する権限は持っていないことが多い。プロジェクトの定例で合意した内容を、部門に持ち帰って再度承認を取る必要がある。場合によっては部門長に差し戻される。「代表者」が実際には「連絡係」に過ぎない構造が生まれる。

「関係者の地図が変革のドリフトを防ぐ」で論じたステークホルダーマッピングの視点で言えば、プロジェクトメンバーが「影響を受ける側」であると同時に「変革を推進する側」であるという二重の役割を担うことになる。この二重性を管理できる設計がなければ、メンバーは「推進」よりも「自部門の利害代弁」に傾きやすい。

理由③ ── プロジェクト型組織の経験値の低さ

欧米企業では、プロジェクトベースの働き方が組織に根付いている。プロジェクトの期間中は一定の工数をプロジェクトにコミットし、その分の本業の負荷は調整される。この「プロジェクト文化」が組織に存在するかどうかで、兼務の実態は大きく異なる。

日本企業の多くでは、本業の負荷が一切調整されないまま、プロジェクト業務が「上乗せ」される。稟議書の上ではプロジェクトへの「工数配分30%」と書かれていても、本業が120%で回っている組織では、その30%は残業と善意から捻出される。持続可能ではない。これは「『変革疲れ』が組織を蝕む」で論じた変革疲労の構造的な発生源でもある。

経済産業省のDXレポート2.1が指摘した「ユーザー企業とベンダー企業の低位安定」(経済産業省, 2021) は、ここにも影を落としている。日本企業のIT投資に占める外部委託比率は依然として高く、システム開発の7割以上をベンダーに依存している構造が続いている(※要確認)。自社でプロジェクトを回す力が蓄積されていないから、専任体制の設計ノウハウもない。結果、「兼務で何とかする」が組織のデフォルトになる。

全員兼務の体制は、コスト意識が生んだ合理的判断のように見える。しかし実態は、「このプロジェクトにどれだけの本気で臨むか」という組織の意思決定の回避だ。

「兼務の罠」が引き起こす3つの構造的障害

障害① ── 意思決定の停滞

兼務メンバーにとって、プロジェクトの定例会議は「出席する場」であって「決定する場」ではない。本業のスケジュールに追われ、会議の前に資料を読む時間がない。議題に対して「部門に持ち帰って確認します」が頻発する。

この結果、プロジェクトの意思決定速度が組織の中で最も遅い機能になる。「要件が膨張しプロジェクトを沈没させる」で論じたスコープクリープも、意思決定の遅れがその温床となる。要件の優先順位をタイムリーに判断できないから、「とりあえず全部入れる」という消極的な合意が積み重なり、プロジェクトの焦点がぼやけていく。

障害② ── 当事者意識の希薄化

人は、自分が最も多くの時間とエネルギーを投じている活動に対してオーナーシップを感じる。本業の工数が80%、プロジェクトの工数が20%であれば、本業の成果に対する責任感の方が圧倒的に強い。

Prosciの変革マネジメントにおけるADKARモデル (Hiatt, 2006) で言えば、兼務メンバーには Desire(変革に参加したいという意欲) が構造的に不足する。Awareness(認知)は体制図に名前が載った時点で一定程度ある。しかし、「このプロジェクトの成功に自分が本質的に貢献したい」というDesireは、自分がそのプロジェクトの当事者であるという実感から生まれる。週に数時間しか関われないプロジェクトに対して、その実感を持つことは難しい。

結果として、プロジェクトの成否が「誰の責任でもない」状態が生まれる。これは以前のInsight「『AIの判断』に、誰が責任を持つのか」で論じた「責任の分散が不在を生む」構造と同じだ。全員が少しずつ関わっているが、全員の関与が薄い。アカウンタビリティが分散し、やがて消失する。

障害③ ── ナレッジの断絶

兼務メンバーは、プロジェクトの文脈を断続的にしか追えない。先週の会議に出席できなかった。その間に議論された経緯を知らないまま、今週の会議で発言する。認識のずれが積み重なり、同じ議論を何度も繰り返す。

プロジェクトにおけるナレッジの連続性は、チームの生産性に直結する。しかし兼務体制では、ナレッジが個人の記憶に依存し、チームとしての学習が蓄積されない。PMOが議事録を配布しても、読む時間がなければ意味をなさない。


「全員専任」が答えではない ── 現実的な設計原則

ここで、「全員を専任にすればいい」という単純な処方箋を提示するつもりはない。リソースの制約は現実の問題であり、全メンバーを100%プロジェクトに割り当てることが可能な組織はほとんどない。重要なのは、専任と兼務のバランスを意図的に設計し、兼務のリスクを構造的に緩和することだ。

原則① ── 「核」は専任、「環」は兼務

プロジェクトの中核メンバー(プロジェクトマネージャー、チェンジマネジメントリード、ビジネスアナリスト)は専任とする。彼らがプロジェクトの連続性と意思決定のスピードを担保する。その周囲の部門代表メンバーは兼務でもよいが、兼務メンバーの工数配分は明示的に合意し、部門長がコミットする

「なぜ日本企業には『橋渡し役』がいないのか」で論じたビジネスアナリスト的な役割が、この「核」の中心に位置する。課題定義と要件の翻訳を一貫して担う人材が専任でいることで、兼務メンバーが断続的に参加しても、プロジェクトの方向性がぶれにくくなる。BA専任が難しい組織でも、最低限PMとチェンジマネジメントリードの2名を専任にすることで「核」の機能は確保できる。

原則② ── 「本業の減算」を組織として承認する

兼務メンバーにプロジェクト工数を割り当てるなら、その分の本業の目標や業務量を減算することを部門長と合意する必要がある。加算だけの兼務は、個人の善意に依存する設計であり、持続可能ではない。

これは「『スポンサー不在』がプロジェクトを殺す」で論じたスポンサーシップのABCモデルにおけるB(Coalition Building)に直結する。スポンサーが各部門長と合意し、リソースのコミットメントを組織的な約束事として確立する。プロジェクトマネージャーやPMOではなく、スポンサーの権限で行うべき仕事だ。

原則③ ── 兼務メンバーの「接続設計」に投資する

兼務メンバーがプロジェクトの文脈を断続的にしか追えない問題は、コミュニケーション設計で緩和できる。定例会議の冒頭5分で前回の決定事項と背景を要約する。「決定ログ」(いつ、誰が、何を、なぜ決めたか)を一元管理し、非同期でキャッチアップできるようにする。月に一度、全メンバーを集めたワークショップで方向性を再確認する。

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専任と兼務のバランスを「意図的に」設計する。核を専任で固め、本業の減算を組織承認し、接続設計に投資する。この3つが揃ったとき、兼務体制は機能不全ではなく、現実的な最適解に変わる。

実務への示唆

第一に、次のプロジェクトの体制図を作る前に、「核」と「環」を明確に分ける。 プロジェクトマネージャーとチェンジマネジメントリードは専任を原則とする。この原則を崩すなら、そのリスクを経営層が認識した上での判断でなければならない。

第二に、スポンサーに「リソース確保」の責任を明示する。 体制図に名前を載せることと、その人の工数を確保することは、まったく異なる。スポンサーが部門長と合意し、本業の負荷調整を含めた工数コミットメントを取り付ける。これをプロジェクト憲章に「各メンバーの月間コミット工数(例:A氏 月80時間 / 12か月間)」のレベルで明記する。

第三に、「兼務のコスト」をデータで可視化し、専任化の投資対効果を経営層に提示する。 専任メンバー2〜3名の人件費は可視化しやすい。しかし、兼務体制がもたらす意思決定の遅延、手戻り、機会損失は見えにくい。プロジェクトの遅延1か月あたりのコスト(人件費 × メンバー数 + 機会損失)を試算すれば、多くの場合、専任化のコストの方が安いことが見えてくる。並行して、計画工数と実績工数の乖離を月次でモニタリングし、兼務の実態を「勘」ではなく「データ」で把握する。測定されるものは改善される ── この原則はプロジェクトのリソース管理にも当てはまる。


まとめ ── 「本気の体制」が変革を前に進める

プロジェクトの成否は、採用する技術やツールだけでは決まらない。WBSの精度だけでも決まらない。誰が、どれだけの時間と意識を、そのプロジェクトにコミットしているか。この問いに対する答えが、プロジェクトの成功確率を静かに、しかし決定的に左右する。

全員が兼務のプロジェクトは、全員が傍観者のプロジェクトと構造的に等しい。誰もがリスクを取らず、誰もが最終的な責任を負わず、誰もが「本業が忙しかった」を免罪符にできる環境では、変革のJカーブの谷を越える力は生まれない。

テクノロジーだけでは、組織は変わらない。変革を実行する「人」の時間と意識を、組織としてどう確保するか。プロジェクトの体制図は、経営層が変革にどれだけ本気であるかを映す鏡だ。「本気の体制」を設計すること ── それ自体が、組織が変わり始める最初の一歩になる。


参考文献

  • IPA 独立行政法人 情報処理推進機構 (2025). DX動向2025 - AI時代のデジタル人材育成.
  • 経済産業省 (2021). DXレポート2.1(DXレポート2追補版).
  • PMI (2021). A Guide to the Project Management Body of Knowledge (PMBOK Guide), Seventh Edition. Project Management Institute.
  • PMI (2023). Pulse of the Profession 2023. Project Management Institute.
  • Prosci (2023). Best Practices in Change Management, 12th Edition. Prosci Inc.
  • Hiatt, J.M. (2006). ADKAR: A Model for Change in Business, Government, and Our Community. Prosci Research.